来 歴


ふり向くな


しかし
こちらを向くな
ふり向いても何も見えない
葉を光らせたネムの木の
うしろ側の空間に
濃密なけはいが残っているだけだ
うしろを向くな
そして昨日の風景の中へ
す早くゆくえをくらましたと責めるな
あなたの町角のかげになって
ここからは見えないもうひとつの町角を
せっせと歩いているかもしれないのに
うしろを向くな
うしろにはうしろの世界があり
お祭りの行列を作って
にぎやかに歩いているかもしれないのに
信じなくてもいいけれど
その足あとをなぞって
昨日とそっくりな私が
今日のほうへと歩いて来るところだ
しかし 
うしろを向くな
ふり向けばそのとき
大地にあずけた足のあたりから
あっと言うまもなく変わるだろう
だからふり向いて何も見えない
すっかりネムの木になってしまった
つめたい背中のあたりに
確かなけはいがはりついているだけだ

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